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今の仕事が好きなわけ〜声楽クラス編

 

人との付き合い  

仕事のなかみは・・・  

伴奏のこと   

なんでこうなったの・・・ 

クールに・・・

 

 

人との付き合い

フランスでは、演奏だけで仕事もできるという経験もしました。いまは、学校で定期的に教え、合間をぬってコンサートを企画しています。教える仕事はとても好きです。いつか歩けなくなるかもしれない病気持ちのからだにもあっています。

この仕事が好きなのには理由があります。もっとも強い理由は、おそらく、人との一人一人のコンタクトがある、ということです。

生徒は皆、全員ちがう。いいところも、伸ばしていく所も、皆違います。

日本では、高校のクラス授業も経験しました。個々を尊重している暇は、あまりありません。45人が4クラス、名前と顔を覚える努力をしました。最初に受け持った生徒たちは、何とか覚えていますが(若かったから覚わったのでしょうが)、3年目、新しい学年になった時点で、もうだめでした。感受性豊かな若者を、十把ひとからげにして授業したくない・・・私はそう思いました。

 

個人レッスンであっても名前と顔と声を覚えるまでに時間がかかりますが、覚えていきます。それに加えて、というか一番大事なのが生徒の声の特徴・指導点を覚えることですが、なにせ記憶力の悪い私、ソラでは覚えられません。毎年、各生徒についてメモする帳面を作ります。

今の学校はほとんど大人が生徒です。仕事と気分を切り替える為に通う人もいるので、私からはあまり仕事について質問しません。でも、ときには話に花が咲き、「私の知らない世界」の話が聞けて、それが私にはとても楽しいのです。日本でも会社勤めの経験はありませんし、フランスにあっても、少数派の仕事を続けてきたのですから。

また、年配の方も多く、人生の先輩の話は素直におもしろいものです。大きい子供の親だったり、もう孫がいたり・・・それは音楽面でも同じ。なんといっても、私の経験しなかったフランス音楽の実際が、そこにある。たとえば私はオペレッタに縁が薄いのですが、「私の親はいつもオペレッタを歌っていた」という世代の方がおられます。だから、その人には、オペレッタは、現在の歌謡曲同様、鼻歌というレベルの「身近なもの」なのです。これには、どんなに知識があったとしても、そういう時代を生きてこられた人にはかないません。

「こどもの時には、オペレッタを見に、どこどこの劇場へ行った・・・現在はもうないけれどね」

 

ひとりひとりの人生に首をつっこむつもりはありません。自分より若い独身者もいます。いろいろあるんだろうな、と、尋ねなくても感じさせられる人もいます。向こうからあれこれ言われることもあれば、大変ですね、と相槌をうつこともあります。でも、先生ヅラをしてアドヴァイスすることは、歌に関することだけです。

 

・・・これがもし高校生相手だったら?ついつい“人生について”余分なことを言ってしまうかもしれないでしょう。あるいは、一般的な、若い生徒だったら?将来専門家になりたいと思う子も来るでしょうし、音楽学校では、定期に試験があります。競争心も避けられないことでしょう。あるいは、学校の方針で、クラシックしかできないかもしれないでしょう。

・・・・私は、先生として、窮屈な思いをするのではないか、と思います。

 

そんなことを思うと、楽しみのためにレッスンに来る、練習してこない生徒も多いし、(当たり前だと思っておいた方がいいくらい)職業的に将来の楽しみな生徒?というケースはないに等しいわけですが、私は「自由」を感じているのかもしれません。

私にとっては、「人生豊か」な学校なのです。

 

なかみをのぞいてみる

レッスンはひとり30分。昔は30分では何も出来ないと思っていましたが、実際には、忙しくして、あっという間に過ぎます。

クラシック・シャンソン・ミュージカル・ジャズ、というのが今のところの主なジャンルです。ラップとロックとレゲエ・パンクその他が欠けている?

曲の選択は、生徒の希望を聞きます。私の判断で、勧めてみる曲や、ジャンルもあります。「ポップスだけ」希望する生徒さんの中には、びっくりするような素材(声)の持ち主がいて、ついついクラシックを勧めたくなることも少なくないのです。でも楽譜読めなかったりして。

ところが、本人が、なぜかとても嫌がるので、がくっときたりします。何か偏見があるのでしょうか。クラシック好きな人が歌謡曲を嫌いなように?

 

私は基礎の発声は同じ、と考えています。ちがいはスタイル。どんなジャンルをうたうにしろ、教えることはあるのです。もっとも、世界中の歌のジャンルを知り尽くしているわけではないので、西洋クラシック発声を基にしたものに限ります。

・・・日本音楽での発声を知らずに今まで来たのが、少し残念です。演歌は真似でしかうたえませんから・・・でも基本はやはり同じ。

 

でもって、ミュージカルは完全に私の趣味。フランスではアメリカほどミュージカルは人気ありません。

放っておいたらミュージカル曲ばかり出してくるから、気がついたら注意してちょーだい、と生徒に言ってあります。

 

伴奏のこと

このクラスの楽しみは、私が伴奏しなければならない、ということ。それが仕事の条件でした。

「歌のクラスってそれがふつうじゃないの?」と思われるかもしれません。日本の音大でも、たいてい先生が弾いてくださり、試験が近づいたらピアニストを連れて行くという形でした。しかし。

 

フランスには、声楽用の伴奏を専門とするピアニストが多くいます。一般的にchef de chant シェフ・ドゥ・ションといわれるピアニスト。

Chant は歌、シェフ=チーフ→コーチ、歌のコーチというところでしょうか? (英語ではたぶんコーチです。)歌のコーチ、です。

“アメリカの講習会”でも述べていますが、彼らはあくまでもピアニストであり、声楽家ではありません。しかしいろんな作品を知っていて、歌い手に歌い方を“コーチ“してくれるのです。知らない作品をもっていったとしても、たちどころに分析して、演奏の仕方を考えてくれます。

声楽の一般的なクラスには、シェフとは限りませんが(予算の都合など・・・ナイショ) ピアニストがひとり雇われている、と考えてよいのです。日本人が多く通う私立の通称「エコールノルマル音楽院」に私が通ったときには、とても上手な他の学校のピアノ科の学生がバイトで来ていました。発声練習の単純な伴奏にも、つきあってくれていました。逆に言ったら?声楽の先生は、ピアノが弾けなくて普通なんですなお、声楽クラスの場合、この伴奏者代を、レッスンとは別に払わなくてはなりません。隔週でピアニストがいる、という学校もあります。

 

フランスの音楽学校は「音楽大学」ではなく、音楽の「専門学校」です。コースによっては週に数時間のみ。日本では声楽専攻でも副科にピアノがありますが、こちらではないのです。私のピアノ歴は、たぶん音大に入るには無理だったけれど、とりあえず、年数だけは長い。ついでに、子供の頃から、自分で歌謡曲の伴奏を考えるのが好きでした。通っていた教室の影響もあったのでしょうか。その後は、弾き語りがずっとすきでした。だから、伴奏するのは、はむしろ楽しみなのです。

 

国家資格準備の模擬試験の際は、いかに教室付きのピアニストと一緒にレッスンをするか、注意しなければなりませんでした。(そんな質問もあります)カラオケ伴奏役とおもっとっちゃいかんのであります。

日本で当たり前だとおもっていたことが、まさかこんなところで役に立つとは思いませんでしたが、退屈しないし、私も一方的に教えるだけではなく共演者として、「音楽できる」ので、とても楽しいわけです。

 

番外

なお、1998年に、関節リウマチという病気が発覚したあと、治療はしたものの、病気の進行の疑い方が甘かったようで、私の両手首はほとんど固まり、前後にはほとんど曲がらなくなっていました。指の腱が切れないように、また、生活の便を取り戻す為、手術をしました。結局、右手指の腱が切れたりしてしまい、計3回の手術とあいなりました。リハビリを重ねて、伴奏をする分には何とかなっています。名曲は二度とまともに弾けませんがネ。

仕事の面接に行くときは良かったのですが、腱が切れていたことがわかり、タイミング悪く緊急手術。仕事開始の時には、実は右手にギブスをしてでかけていったとさ。(興味のある方は、HP“モンマルトルのあいあい”へどうぞ!

・・・だから余計、弾き語りも伴奏も、ピアノの先生も楽しいのです。

 

なんでこうなったのかな?

日本の音大はクラシックを学ぶところ。(今は変わってきたかしら?)私はクラシック声楽を学びたい、というよりは、音楽を続けたい、という理由が強くて行ったようなもの。数学ができなかったという話もあるが・・・在学中はクラシックが中心で、他の音楽には聴く耳もたずでしたが、いったん勉学を終えたら、違う音楽への興味がどどど・・・っと戻ってきたのです!

それはフランスへ来ても、年齢があがっても、同じことでした・・・。本来は、フレンチ・バロック、古楽といわれるジャンルを勉強したくて来たのですが、フランス語の勉強にもなるのでシャンソンも気になって仕方がない。ジャズマンとの付き合いができたので、ジャズも気になる。

 

・・・だから、今、好きな曲を選んで、歌って歌わせて、好きにやってるも同然なのです。生徒がうたいたいと持って持参する曲も(楽譜があれば)来るもの拒まず。どのジャンルもきりがありません。しいて言えば、ピアノで伴奏するのが嫌さに、バロックより以前の古楽はめったに取り上げていませんが・・・。楽譜探しも楽しいもの。もしも自分が知っている曲しか教えられなかったら、たちまちレパートリーがなくなり、毎年同じ曲を聞かねばなりません。だから、いろんなジャンルの楽譜を手に入れて勉強すればいい。教えるだけ、自分の身になる。楽譜を読めて得だ〜と思うときです。

 

そして、肝心の教え方については、永遠の勉強だと思います。似たケースはあれど、二人として同じ生徒は、いないのですから。

今信じていることが永久に変わらない・・・とは、言い切れません。理論的に間違ったことはない、とは思いますが、ずっと本をよみながら、自分の勉強を続けなければならないのです。

 

クールに・・・

お互いを知るにつれ、プライベートな話も少しずつ、出て来ます。「ここだけの話」も、たまにあります。でも、深入りせず、あくまでもセンセイの立場を保とうとしています。そして教室の年度替りには、別れもあり。去るものは追わず、来るもの拒まず。ニンゲンとしての付き合いが楽しみではあるけれど、その辺はのめり込まぬよう、“クールに”冷静に行きたい・・・・

 

しかし今年(2005年から)は、楽譜読めない、っていう生徒が増えちゃったようです。ソルフェージュやってなくてもOKといったからのようで・・・

大人のクラスとは言え、楽器のクラスでは、まず最初の1学期(クリスマス休暇まで)はソルフェージュのみ。その後試験に合格したら、好きな楽器を始めます。理論的にはたしかに、それがいい。時間的にも無駄がないかも。

うーん、歌もそうあるべきか・・・?とおもってしまうけれど、「読めても歌えない」ソルフェージュ経験者のことを思うと、いずれにしても、同時にやらなくちゃいけないもんなんじゃないか。などと思うわけ。どんな風に、オトナのソルフェージュ能力をのばしていけるのか、興味津々。(ソルフェージュのページをご参考くださいね)

 

日本で音楽教育を受けて、本当に得した!!

外国で堂々と、図々しく教えていこうと思っています。

 

 

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zakkayapapy@hotmail.com

 

 

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